20代のあるとき持病のためビンボーだった。そこから私はどう這い上がったか


スポンサーリンク


20代のある時期、持病で通勤電車に乗れないぐらい体に不自由な時期がありました

本当は都心に勤めに出たかったのですがそれもままならず、といった状況でした

そこで自宅から自転車で行けて残業がない会社に就職することにしました

その時もらっていた給与は手取りで16万円位でした。業績が悪かった会社だったのでボーナスほぼなし。

英語もしゃべれて都内の一流大学卒のひとがもらう報酬としては最低レベルだったでしょう

ですが私はここで1つの決意をしたのでした

家から近く残業もないこの環境を利用して公認会計士の資格を取ろうと。

ですが当時とても貧乏だった私は予備校にまとまった授業料を払うことができませんでした

といっても決めた事は確実な方法でしかも素早く行動に結びつけなければ実現不可能に思えました

そこで稼いだお金でその都度1科目ずつ授業料を払うことにしたのです(全科目払うまでお金を貯めるとスタートが遅くなるので)

また予備校の交通費のお金もなかったので、すべてビデオ通信講座で受けることにしました(自宅で出来るので)

まぁそんなこんなで朝3時半に起き出勤まで勉強、休日は10時間勉強、とういう生活を2年間続けようやく試験に合格することができました

また幸いなことに、試験終了の頃には私の持病も良くなってきており、都心に勤めることができるような体になっていました

人間、人生のいくつかのタイミングで踏ん張らなければいけない時があります

私にとってはあの時がそのタイミングだったのでしょう

ちなみにこの時のことは「後悔なき人生~」のところで少し触れられています。


素の私はぐうたら&大変な勉強嫌いのため、あれほどの学習量をやる事は苦痛でしかなかったのですが
実家にいたため食べることと住むところは確保されていたため本当の貧乏とは違っていたのかもしれないので
それ以上甘える事は許されない状況を理解しており
必死で仕事と勉強の二重生活を送っておりました

意外にもその当時勤めていた会社は大変居心地が良く人間関係にも恵まれ楽しかったので、辞める時にかなり悲しく感じたのでした

にほんブログ村 その他生活ブログ 家計管理・貯蓄へ
にほんブログ村
「このとき実家にいたインコもブルーだったわ。」

スポンサーリンク