【元祇園の芸舞妓の実母と幼少の頃に生き別れた従姉妹】生みの母を探す旅の結末を聞いて考えたこと。


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以前このような記事を書きましたが・・

過去記事:


先日実家に帰った際に、母から聞いた「その後の新事実」があったので

書きだしてみます。

その従姉妹のKちゃんは私とは10いくつ離れているので

そろそろ60前といった年齢です。


生みの母は元祇園の芸舞妓さんで、

当時の祇園のポスターのモデルにもなった美人さんですが、

なにせ昭和の初めの頃に祇園・・・というのは

今と時代背景が異なり、貧しさゆえ

「売りに出された」というのが実際のところ。


その後・・・祇園に出入りした道楽者の伯父さん(父のお兄さん)

と結婚し、その間に生まれたのがKちゃんなのですが、

この元芸舞妓のお母さんは

その貧しい育ちゆえ金銭への執着が凄まじかったようで

あちこちに借金をこしらえた末(父の妹1号いわく)

当時4歳のKちゃんを捨てて、蒸発してしまいました。


その後、Kちゃんは伯父さんの2番目の奥さんに育てられ

本当のお母さんだと思って育ちました。

中学生になって、近所の人に本当のお母さんのことを聞くまでは。


その後、kちゃんは早い結婚をし離婚し、3人の子供のママとなりました。

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ここ数年の間、Kちゃんのお父さん(私にとっては伯父さん)が亡くなり、

育てのお母さんは痴ほう症になってしまいました。


このことが関係したのかわかりませんが、

Kちゃんはこのように思ったそうです。

「本当のお母さんに会いたい」


そこで滋賀県に住んでいる叔母さん(父の妹2号)

が全面協力し、Kちゃんの生みの母を探すことになったそうです。

京都とその周辺の大捜索網?をひいて。


Kちゃんの実母の行方は見つかりました。

なんと、

その捜索をしていた滋賀の叔母さんが

大家さんとして貸している家の向かいの家に住んでいたのです。

「住んでいた」という過去形。

そう、その生みの母は10年前に他界していたのです。


そしてその家は父親違いの妹が住んでいるようでしたが、

Kちゃんは今さらその妹には会う意思はなかったようでした。


実は、Kちゃんが小学校に行っていた頃、

京都の家にその生みのお母さんから

Kちゃんの様子を伺う旨の電話が数回ほどあったそうです。


ですが当時は

Kちゃんは2番目の奥さんを本当のお母さんと思っていたし

腹違いの妹弟とも大変仲が良かったことで

叔母さん(父の妹1号。当時一緒に住んでいた)が

波風を立てないでそっとして欲しい

ということを伝えて、とりつがなかったようでした。


その時がKちゃんが実母と会える

唯一のチャンスだったのかもしれなかったですが、

その複雑な育ちゆえ金銭的にだらしないその実母が

その後のkちゃんにたかる(?)可能性などもあり、

なかなか難しい判断だったと思うのです。


人として生まれた以上、

そのアイデンティティを確認しようとするのは本能的な行為と思います。

Kちゃんが生きているうちに実母に会えなかったのは

とても残念なことですが

もし、その実母が「残念な人だったら?」


Kちゃんは3人の子供を全部大学へ行かせました。

長女は学校の先生で子供もいるので

Kちゃんはもうお孫さんがいます。


Kちゃんの実母のその後に関しては分からないことだらけです。

毒親か普通の母親なのかも。

分かれた後、kちゃんの一切の人生に

良くも悪くも入りこまなかったことだけは確かなようですが。


今じゃ舞妓さんはブランド・・






過去記事:

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