【フツーだった近所のアノ学校が超進学校になるまで】受験もした私が見た『大躍進の秘密』を探ってみた。


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大テストが終わったらすぐ定期考査・・
ママ塾のため本日の更新はできません。。
過去記事で宜しければぜひ。

中学受験ネタを聞くたびに

自身の記憶の蓋が開く。

毎回感心&実感するのが、

「渋谷幕張」が千葉県でぶっちぎりの進学校になったことだ。


私は同校の関係者でもなんでもないけど、一時期この学校の近所に住んでいたことで

同校の出身者の友達や知り合いが結構いる。


だけどこの学校ほど「今と昔とで生徒の質が全く違う」学校ってないのではないだろうか?


渋谷幕張ができたのは、3X年ほど前だったと記憶している。

最初はこの学校は高校だけで、

私が中学受験した時は附属中学が存在していなかった。


プリ子が中学受験の最中、3つ上の姉K子は高校受験の最中であった。

当時、家から近かったはずの渋谷幕張高校であったが、

「同じ中学のヤンキー生徒が渋幕を受験したがってる」という事実だけで、

K子は拒絶反応を示していた。

当時は創設期でもあり受験偏差値も非常に低く、

K子にとっては滑り止めすらならないような学校であった。


それから3年。

渋幕はその施設のすばらしさから少しずつ人気の学校になっていたようだった。

プリ子の高校受験だが、実質1校に絞っていて、

当日体調を崩さない限りは受かる見通しが高かった。


が、やはり前受校は必要だ。

いくつか受けてみようと検討した時、

受験日が早かったのが当時近所にあった「渋幕」であった。


渋幕という学校は非常に商売熱心な学校で、

その充実の施設を模試の会場に提供したり、

TVドラマの撮影に開放したりしていた。


で、プリ子は中学生の時、

模試の会場で渋幕に何度も入ったことがあるが、

やはりこの学校の施設は本当に素晴らしいとの印象を持っていた。


プリ子「おか~さん。私、渋幕受験したいんだけど」

実母「え~? なんで? やめて~~」


うちの親の渋幕に対する印象は、姉の時のソレもあって良くなかった。


渋幕の当時のレベルは、千葉県全体の学校を上から順に並べて

15番目位の位置づけだったと記憶している。(姉の時はもっと低かった)


それでも試験日が早かったことと、家の近所であって受験自体も負担にならない

という理由で、受験の許可がでた。


さて、渋幕受験当日。

自転車のって受験しに行きました。(←かなりレアケース)

学校につくなりビックリ。

人・人・人・・・・コンサート会場ですか?ここは。

受験生の数が半端ないようで、

「どう考えても教室に入んないでしょ・・・」


イヤな予想は的中した。

プリ子が受験票の番号をたどって行った先は・・・

体育館の舞台の上に置かれたパイプいすと長テーブルであった。


舞台上にあるそのパイプいすに腰掛けて、舞台の下をみると・・

体育館の隅から隅まで、受験生がびっしりと埋め尽くされていた。


プリ子は考えた。

「受験料がひとり〇万円で、受験生がだいたい3千人くらいいると~

 え、この学校、受験料だけで相当潤うんじゃない?」

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プリ子はその後、

監査法人で学校法人の監査業務に携わることとなり、

学校運営の実態を知ることとなるのだが・・・


学校において最大の収益源は、

国や地方からの補助金ではなく(医学部は例外でこれが一番デカい)

学生の入学金&授業料でもなく、

受験検定料なのである!

なので、私学は特に「とりあえずウチ受けて」のスタンス。


そういった意味では、試験日を思いっきり前倒しにして、

体育館の舞台や、廊下の一部まで使って

生徒を受験させるという渋幕のビジネス感覚には

感心する。

初めから(とにかく受験検定料を)狙っていたのだ。



結局渋幕は特待合格となり、別の第一志望校に入学することとなったプリ子だが、

その高校の友達で渋幕を受験したひとは

特待合格であったパターンがほとんどであったことを知った。

特待生合格大乱発の印象をもったが、

同時に、どうしても入口で優秀な生徒を集めたかった

学校側の本気度を感じた。


その後、家が引越しすることとなったため、

渋幕情報は少なくなると思いきや・・・


ある程度の生徒数を抱える学校だけに、話は色々と入ってくる。

例えば、私の小学校の友達のFちゃん。

彼女はトップ公立高校に残念ながら落ちてしまって渋幕に行ったパターン。


当時の千葉県はぶっちぎりの公立王国であった。

私立で本当の進学校と言われたのは

(小保方さんの出身高校でもある)東邦くらいで、

そこから下の偏差値は「空白エリア」があり、その下にやっと渋幕があったという感じ。

そんな「併願私立がない」という当時の状況の

ちょうどよい受け皿となったのが渋幕だったのだ。


なのでFちゃんのような優秀な生徒、もしくは、

家庭の事情か何かで特待生合格で入る生徒が、

その当時の渋幕の進学実績を牽引したようであった。

Fちゃんは当時の渋幕ではクラストップに近い位置につけていたようで、

静岡県立大学の薬学部に進学することとなった。

(なので学校としてはまだ医学部とか東大は難しいレベルとだったともとれる)



それから数年ほど経ち、

家の隣の長男坊が「渋幕の中学に入学した」と聞いてびっくり。

なぜならば

「おとなりの長男坊は、非常に優秀なのよ~。開成に行くかも~」

と聞いていたから。(付属中学があることに気がついたのもその頃)

それになぜわざわざ渋幕よ?
(うちはあれから引越して、全然近くないエリア)

が・・

渋幕の『超進学化』は

プリ子の予想をはるかにしのぐ勢いで進んでいたらしく、

その長男坊は現役で千葉大医学部に入ってしまったのでした・・


この頃から千葉県のトップ校の順位が入れ替わってきたのかも知れない。


中高一貫という大学受験にとっては圧倒的有利なシステムであることと、

受験検定料を糧とした潤沢な資金により、

優秀な特待生合格の生徒を抱えこむことで


益々知名度を上げることとなったようだ・・


それから10年ほど経ったある日。

職場のママさんと話をしていた。

そのママさんは横浜の相鉄線沿線に住んでいて、

お子様が日能研に通っていて、中学受験生という。


「・・で。うちの子、
渋幕に進学することになったから引越しするの


「え~~~!!!!」(←プリ子の心の声)


横浜なんて、

聖光とか色々あるのに??なんで遠方に引っ越ししてまで渋幕?


・・・というような感じで、

とうとう、首都圏随一の超進学校にまで登りつめた渋谷幕張。


学校運営に戦略と資金がいかに大事か。

さらには

私立の柔軟なシステムは、国公立を追い越す可能性を秘めている。


このようなことを忠実に実践してきたこちらの学校。


子供時代に戻って受験しても特待はおろか、

一般合格すら危ういのではないか? 


と思うほど、近づきがたい存在になってしまったのでした。



日本の共学トップは京都の洛南高校。

こちらは京都のおじさん(父の兄)の出身高校ですが

昔はヤンキー学校だったそうです。
(東大佐藤ママの長女がいってたとこね)

田村校長先生自体は麻布出身のエリート


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